【番外編】わが青春のロック名盤


プロローグ

10代の頃、ロックを聴いていた。ちょうど高校生くらいの時だ。ロックと言っても、洋楽の「クラシック・ロック」。80年代、70年代、60年代……と時代を遡って聴いていた。

学校の帰り道、友人とディスクユニオンの中古CDショップに通った。限られたおこずかいで、お目当の中古CDを探すのが楽しみだった。「このアルバムおすすめ」「5曲目のバラードがいい」などと言い添えて、お互いにCDの貸し借りをした。

ふと、当時を思い出すと、ロックが流れてくる。

ガンズ・アンド・ローゼズ『アペタイト・フォー・ディストラクション』
Guns N’ Roses “Appetite for Destruction” 1987

アクセル・ローズというヴォーカリストがいる。とてもユニークだ。世界中探しても、こんなヴォーカリストは他にいないだろう。「ハイトーン」と「ロートーン」と分けて発声する。「2種類の声」とでも言おうか。喉から絞り出すような独特の高い声と胸振発声による地声の低い声。2種類の声をわかりやすく聞きたいなら、名曲 “Patience” で。

カーリーヘアに咥えタバコのギタリスト、スラッシュも独特の雰囲気を醸し出している。ヴォーカリストとギタリストは、ロックバンドの二枚看板だ。アクセルはバンダナ、スラッシュはシルクハットがトレードマークだった。

『アペタイト・フォー・ディストラクション』は、ガンズ・アンド・ローゼズのデビューアルバム。みずみずしい彼らの魅力が遺憾なく発揮されたロック名盤だ。

ギターリフが印象的な名曲 “Sweet Child O’ Mine” も収録されている。

エアロスミス『パンプ』
Aerosmith “Pump” 1989

ガンズの先輩格のバンドが、エアロスミスだ。70年代から活躍するアメリカを代表するロックバンド。長い歴史の中で、浮き沈みも経験している。80年代後半に再び人気が爆発した。そんな最盛期の脂の乗り切ったエアロスミスのロック名盤が『パンプ』。

映画『アルマゲドン』の主題歌 “I Don’t Want to Miss a Thing” は、誰でも耳にしたことがあるだろう。

注) “I Don’t Want to Miss a Thing” は、本作には収録されていません。

エアロスミスのヴォーカル、スティーヴン・タイラーも個性的だ。一聴して印象に残る、独特の声をしている。マイクスタンドに布を巻きつけているのは、彼なりのこだわり。クールなギタリストは、ジョー・ペリー。まるでギリシャ彫刻のような美男子。彼らのステージパフォーマンスは、刺激的でパワフルだ。

当時、エアロスミスの来日コンサートに行った。武道館。友人と売店で買ったTシャツに着替えて、ライトアップされたステージを見た。眩しくて、カッコよかった。汗だくになるほど、興奮した。でも、AEROSMITHとプリントされた黒いTシャツは、ゴムのような変な匂いがした。

ジャーニー『エスケープ』
Journey “Escape” 1981

ロックを聴く上で、大きな楽しみは、バラードだ。ロックのバラードは、ドラマチックで美しい。

“Open Arms” は、私の好きな曲だ。マライア・キャリーもカバーした。映画『海猿』のテーマ曲にもなった。美しい名曲だ。それなのにビルボードの2位。6週間2位のまま機会を伺ったが、結局1位は取れなかった。

この『エスケープ』に続く、『フロンティアーズ』(1983年)も全米で累計600万枚の大ヒット。こちらも健闘したが、9週連続の2位に終わる。ジャーニーの1位を阻んだのは、マイケル・ジャクソンの 『スリラー』 。実に、37週1位だった。

マイケル・ジャクソンが「わるいことしたなぁ」と感じていたのかどうか。その後、スティーブ・ペリーは、マイケルが中心となったアフリカ救援イベント “USA for Africa – We are the World”(1985年)に参加。ケニー・ロギンスに続いて歌っている。

『フロンティアーズ』には “Separate Ways” というヒット曲もある。このPV(プロモーション・ビデオ)は、今となっては時代がかってしまった。見ているとちょっと恥ずかしいくらいだ。壁にキーボードがくっついていたりする。どうしたのか、海辺の倉庫で皆テンションが高い。

レキシが、このPVのパロディーをやっていて、笑える。

ボストン『幻想飛行』
Boston “Boston” 1976

ボストンのキーパーソン、トム・シュルツは、新海誠のようだ。新海誠は、大ヒットしたアニメーション映画『君の名は。』の監督。彼の初めての劇場公開作品『ほしのこえ』では、ほとんどの制作を一人で行った。

このボストンのトム・シュルツも自身の音楽スタジオで、ボーカルパート以外は、一人で音楽を作っていた。70年代のアメリカで、一人「宅録」していた。バンドのメンバーはライブ演奏のために集められた。

今の日本で言えば、コーネリアスや中田ヤスタカのイメージだろうか。ただ、トム・シュルツはパソコンを使っていない。

このボストンの『幻想飛行』は、そんなボストンのデビューアルバム。現在までにアメリカで1,700万枚売れている。「捨て曲なし」の完成度を誇っている。それでいて、ゴテゴテと重々しくはない。

ボストンのサウンドは、コカ・コーラのようだ。ちょっと懐かしい「さわやかテイスティ」なのである。

E.L.O.『アウト・オブ・ザ・ブルー』
E.L.O. “Out of The Blue” 1976

『電車男』は、ハンドルネーム “電車男” と “エルメス” のラブストーリー。この人気ドラマのテーマ曲にもなったのが、E.L.O. “Twilight” 。

注)『アウト・オブ・ザ・ブルー』の日本盤CDには、“Wild West Hero” の代わりに “Twilight” が収録されている、との情報がある。(Wikipedia)この曲はもともと『タイム』(1981年)に収録されている。

「E.L.O.」は「Electric Light Orchestra(エレクトリック・ライト・オーケストラ)」の略称。ドラマの舞台「秋葉原」と「エレクトリック・ライト」の単純な連想のようでもあるが、妙にピッタリとハマっていた。

「北京、ベルリン、ダブリン、リベリア……」と歌ったのは、PUFFY。『アジアの純真』は「E.L.O.」風だ。プロデューサー奥田民生の音楽性とまるで違うのも、なんだか面白い。

傑作の呼び声の高い『オーロラの救世主』(1976年)。続いて発表された『アウト・オブ・ザ・ブルー』は、予約だけで400万枚を売り上げたと言われるE.L.O. の人気作。“Turn To Stone”、“Mr. Blue Sky”、“Wild West Hero”などポップセンス溢れる名曲揃い。

ここまで紹介した3つのバンド、アルバムジャケットに、よく宇宙船が飛んでいる。他のバンドのジャケットでも、宇宙船を見つけるのはそう難しくない。当時は、宇宙船がとびっきりイカしていた。

クイーン『オペラ座の夜』
Queen “A Night At The Opera” 1975

クイーンは、多様な音楽性を持ったバンドだ。様々な音楽を自身のロックに取り入れ、アイデアに溢れている。よく知られた “We Will Rock You” の「ドン、ドン、チャ」のリズムは、床を踏み鳴らし、手拍子で録音されている。ドラムもベースも使っていない。

注)“We Will Rock You” は、本作には収録されていません。『世界に捧ぐ』(1977年)収録。なお、この曲は、“We Are The Champion” がシングルカットされた際のカップリング曲。

デビュー当時、本国イギリスで人気が出る前に、日本で人気が爆発した。来日した際には、空港にファンが押し寄せた。クイーンは、いち早く自分たちを評価してくれた日本びいきだったという。嘘ではない。その証拠に、このクイーン、日本語のフレーズを歌う曲 “手をとりあって Teo Torriatte / Let Us Cling Together” がある。

注)“手をとりあって Teo Torriatte / Let Us Cling Together” は『華麗なるレース』(1976年)収録。

クイーンは、オペラを取り入れた。『オペラ座の夜』のメインの曲 “Bohemian Rhapsody” の曲の長さは6分以上。シングルカットされる当時の曲の常識——通常は3分程度——を破る、異例の長さ。大胆な試みだっただろう。

カミュの小説『異邦人』は「今日、ママンが死んだ」と始まるが、クイーンの 『ボヘミアン・ラプソディー』は「ママ、僕は人を殺してしまった」と始まる。いや、この2作品に関連性はないのだが、なんとなく書いてしまった。この曲は、ドラマチックなオペラ調ロックになっている。

ガリレオ、ガリレオ。

ジェスロ・タル『アクアラング』
Jethro Tull “Aqualung” 1971

ヴォーカルのイアン・アンダーソンは変わっている。独特の「オヤジ」っぽいパフォーマンス。彼は楽器も担当する。ひとしきり歌った後、フルートを吹く。タイツ姿で、フラミンゴのように片足を上げて。

彼は、音楽以外にも情熱を注いでいた。魚の養殖だ。こちらの事業に専念しようとして、引退発表までしたことがある。イアン・アンダーソンは変わっている。

注)結局、引退はせず、音楽活動は継続された。

「俺にとって我慢ならないのは、ジェスロ・タルってバンドを誰も知らないことだ」と、映画『アルマゲドン』でならず者が不満をぶつけるシーンがある。日本でも、それほど知名度はないだろう。60年代後半から活躍している古参の実力派バンドだが、独特の世界観をもつ変わったバンドなのである。

キング・クリムゾン『クリムゾン・キングの宮殿』
King Crimson “In The Court of The Crimson King” 1969

ロックには「プログレッシブ・ロック」というジャンルがある。実験的で前衛的なロック。略して「プログレ」。キング・クリムゾンは、プログレだ。

『クリムゾン・キングの宮殿』は、ロバート・フィリップ率いるキング・クリムゾンの伝説的なデビューアルバム。革新的なサウンド世界を構築している。まるでフリージャズ。 “21st Century Schizoid Man” の衝撃的な破壊力。 “Moon Child” の静謐な幻想性。今聴いても、そのインパクトは絶大だ。

どちらの曲も、三陽商会のテレビコマーシャル(1991年)に使われていた。電線に男たちがぶら下がっている。シュールレアリズムの画家マグリットの絵画のような芸術性の高い映像だった。

アートディレクターは、操上和美。乃木坂46のデビュー曲のPVを撮っていて、意外だった。

ピンク・フロイド『炎(あなたがここにいてほしい)』
Pink Floyd “Wish You Were Here” 1975

シド・バレットは、ピンク・フロイドのヴォーカリストだが、ここでは歌っていない。彼はこのバンドの初代ヴォーカリスト。才能に溢れた端正な顔立ちのフロントマンで、バンドを牽引した。しかし、やむなく脱退する。

シド・バレットは、ステージで呆然と宙を見つめたまま、立ち尽くしたという。コンサートは中止、バンド活動の継続も危うい事態となった。シド・バレットは、精神に異常をきたした。

サイケデリック色の強いデビューアルバムを一枚残し、シド・バレットは去った。のちにバンドのキーマンとなる、デイブ・ギルモアが加入し、ロックの伝説とも言えるピンク・フロイドの新しい歴史がスタートする。

ピンク・フロイドといえば、15年間、ビルボードチャート200にとどまり続けた怪物のようなアルバム『狂気』(1973年/5,000万枚)。壁が崩れ去るコンサートの演出も話題になった『ザ・ウォール』(1979年/3,000万枚)が有名だ。

あえてここでは、シド・バレットに捧げた『炎(あなたがここにいてほしい)』(1975年/2,300万枚)を選んだ。

ロキシー・ミュージック『アヴァロン』
Roxy Music “Avalon” 1982

ロキシー・ミュージックは、アート色の強いグラマラスなロックで、70年代に活躍した。ヴォーカリストのブライアン・フェリーは、キング・クリムゾンのヴォーカルオーディションを受けていたという。

デビュー当時、メンバーは派手なファッションに身を包んでいた。プロデューサーは、キング・クリムゾンの作詞家ピート・シンフィールド。奇抜でアーティスティックな、独自のサウンドを奏でた。

そんなロキシー・ミュージックが80年代を迎え、ラストアルバム『アヴァロン』ではとても落ち着いた音になっている。バンドとしての成熟を感じさせた。

看板ヴォーカリストのブライアン・フェリーはダンディな男だ。長身にスーツがよく似合う。おまけに、マスクも声も甘いときている。彼はのちに、ジャズを歌うようになる。

大人になると、いつしか私は、ロックを聴かなくなった。

ブライアン・イーノ『ミュージック・フォー・エアポーツ』
Brian Eno “Ambient 1: Music for Airports” 1978

ロック紹介の最後は、ロックではない。

アンビエント・ミュージック。環境音楽。どんな音楽か、聴いてみてほしい。

ロキシー・ミュージックのもう一人のブライアンが、ブライアン・イーノだ。彼は、ロキシー・ミュージックを途中で脱退する。その後、イーノはプロデューサーとして成功した。デビッド・ボウイ『ヒーローズ』(1977年)を共作、U2『ヨシュア・トゥリー』(1987年)、コールド・プレイ『美しき生命』(2008年)のプロデュースなど、彼の手がけた作品は大ヒットを収める。

そして、自身でもこの『アンビエント・シリーズ』など、現代音楽にも通じるような前衛的な音楽を生み出した。

ピンク・フロイドの20年ぶりに発表された——おそらく最後のアルバムだろうか——『永遠(TOWA)』(2014年)は、アンビエントとなった。

ジャズの帝王マイルス・デイヴィスは、『イン・ア・サイレント・ウェイ』で、アンビエントを彷彿とさせる音楽を制作している。1969年。マイルスの方が早かった。やはり、時代が後から追いつくのだろうか。

エピローグ

このリストには、ビートルズもストーンズもない。レッド・ツェッペリンもディープ・パープルもない。セックス・ピストルズもニルバーナもない。とても個人的なものだ。きっと誰しも、自分だけの音楽の風景があるのではないだろうか。

若さは劇的な衝動である。その衝動は、やがて、ある一点を目指すようになる。それは、美だ。若さは美しさを頑なに求める。いつしかそれは美意識となり、自分の個性となっていく。そして、その個性が、それぞれの固有な世界観を作りあげるのだ。

ロックとは、そのひとつの典型である。