山中千尋 『アフター・アワーズ~オスカー・ピーターソンへのオマージュ』 Chihiro Yamanaka “After Hours” 196


ピアノとギターとベースで奏でる、くつろぎとノスタルジー――2007年に逝去したジャズピアニストの巨人オスカー・ピーターソン。山中千尋がその訃報を聞き、もともと予定していた別の企画のレコーディングを変更して、「すぐに」吹き込んだというこの『アフター・アワーズ』。曲もピーターソンがレパートリーとしたスタンダードから選んでいます。山中千尋と言えば、民謡をジャズ化した「八木節」など考え抜かれた楽曲のアレンジ、スピードとキレのあるピアノといったイメージがありますが、このアルバムはいつもとは趣を異にします。ピアノとギターとベースというドラムレストリオの編成で、リラックスしたムードの演奏に、オスカー・ピーターソンに対する敬慕の念が溢れるかのようです。スタンダードの演奏に込める、その時代の人や音楽にはせる想い。ジャズは過去への旅でもあるのかもしれません。

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菅野邦彦 『慕情』 Kunihiko Sugano “Love Is A Many Splendored Thing” 197


あなたの最も好きなアルバムは何ですか?――ここに紹介するのは「天才クニ」 「ピアノの魔術師」などと謳われるジャズピアニスト菅野邦彦の『慕情』。1974年に開催されたスリー・ブラインド・マイス(TBMレーベル)主催のコンサート「5デイズ・イン・ジャズ」での録音盤です。1曲目はアルバムタイトルにもなっている#1 “Love Is A Many Splendored Thing” 「慕情」。ぶっきら棒に突き放したような意表をつくピアノのイントロ。ナイーブな音とからみ合いながらメロディーが表われ、徐々にスピードを増す高揚感に陶酔します。もの悲しい流れのまま#2 “Autumn Leaves” 「枯葉」へ。両曲とも大胆な鍵盤の打音による「緊張」と繊細な美しい旋律による「弛緩」の絶妙なコントラストが冴え、ピアノ弦をはじく「枯葉」の最後の一音も印象深い余韻を残します。一転して#3 “Blues For Wyntons Kelly” はウィントン・ケリーに捧げたオリジナル、#4 “Pardid” はともに軽快に跳ねまわるピアノが聴け、ここでもまた彼の大きな魅力が発揮されています。丁寧で着実なベースとドラム、そしてコンガとの息もぴったり。録音も力強い迫力を伝える音質。神がかった芸術性を感じさせる本作は菅野邦彦の最高傑作とも言われますが、私の最も好きなジャズ名盤でもあります。

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ビリー・ホリデイ 『レディ・イン・サテン』 Billie Holiday “Lady In Satin” 198


枯淡の味わい。44歳で亡くなったビリー・ホリデイ、晩年の名唱。25歳頃の名盤『奇妙な果実』のまっすぐ届く艶のある高い声とは一変、しわがれた渋い声で歌うしっとりとしたバラッド集です。彼女たっての希望で起用されたレイ・エリスによるストレングスを多用した優美なアレンジも秀逸。ビリー・ホリデイはジャズ歌手としての成功と裏腹に、人種差別、麻薬などに苦しんだ波乱万丈の人生を送ったことでも知られます。本作の静かに淡々と感情をかみ締める歌声に、人生の達観した境地をどうしても感じざるをえません。私はジャズボーカルで1枚選べと言われれば、このアルバムを挙げるでしょう。じっくりと心の奥底のささやき声に耳をかたむけるような、そんな名盤です。

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キース・ジャレット 『レイディアンス』 Keith Jarrett “Radiance” 199


キース・ジャレット、2002年のソロコンサート。大阪と東京の録音で、「Radiance」とは「燦然とした輝き」という意味。キースのソロピアノの歴史は1970年代までさかのぼれますが、これまでの30分以上にもわたる長大な演奏に対し、本作は2005年『The Carnegie Hall Concert』、2008年『Testament』へと継承される比較的短い分数での演奏をつないでいくスタイルをとっています。その時のひらめきをそのままダイレクトに(音楽的構成の制約を受けずに)演奏できるのでしょう。聴衆を前にピアノ一台だけでのぞむ完全即興のソロピアノという表現形式。この躍動感あふれる音楽は、キースの言葉によると(喜怒哀楽といった感情の背後にある)「透明な感情」のエネルギーから生まれるといいます。ちなみにキースのうなり声は感情的なものではなく、彼を通してあふれ出てくる音楽が強烈だからでてしまうのだそうです。(「インナービューズ キース・ジャレット」山下邦彦/ティモシー・ヒル編・訳より)キースの言う「透明な感情」とはおそらく潜在意識のことではないかと。自我や意識の深層にある潜在意識(フロイトのいう無意識・エス)にチャネリングし、生命の根源から吹き出してくるものを演奏しているのではないでしょうか。ジャズとは、あるいは音楽とは原理的にそのようなものかもれませんが、キースは独自のスタイルで自覚的にこれを行っているように思います。このアルバムは現代音楽のような響きと静謐な雰囲気があり、特に [Disc1] #6 “Part 6”、#8 “Part 8”、[Disc2] #4 “Part 13”、#6 “Part 15”、#7 “Part 16” では耽美的なメロディが聴けるので今世紀のソロ作品の中でも一番のお気に入り。この3枚だと、親しみやすいのは “My Song”も 含む『The Carnegie~』で、トータルな完成度としては『Testament』でしょうか。

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ビル・エヴァンス 『コンセクレイション/ラスト・レコーディングⅠ・Ⅱ』 Bill Evans “Consecration I, II” 200


ビル・エヴァンスが最後に放った閃光。1980年9月15日にビル・エヴァンスは肝硬変と肺炎の併発で51で亡くなりました。本作はその直前にサンフランシスコのジャズ・クラブ「キーストン・コーナー」での貴重な録音から編集されたものです。Ⅰ・Ⅱが2枚組で発売され、その後Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ(※未発表曲集)と分かれて再発されました。その他の音源も合わせた8枚組ボックスセットなどもあるようです。エヴァンスは若い世代のマーク・ジョンソン(b)、とジョー・ラバーバラ(ds)を擁し、スコット・ラファロ(b)、ポール・モチアン(ds)の伝説的なトリオをも凌駕するかもしれないと語っていたと言われ、彼らとの演奏を心から楽しんでいたようです。選曲はⅠ#6 “Polka Dots And Moonbeams”、#8 “Someday My Prince Will Come”、Ⅱ#2 “My Foolish Heart”、#7 “My Romance” などクールなロマンティシズムが堪能できる定番レパートリーで構成され、このトリオでのまた一味違う積極的なプレイが聴けて感慨深いものがあります。「Consecration」とは「献身」の意。ジャズにその身を捧げたビル・エヴァンスの最後の燃焼がここに記録されています。

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